「社会構造の複雑化」と「欲」の増大 - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その8より続きます。
 
 
縄文時代と、弥生時代以降の大きな差は、「社会構造の複雑化」でしょう。
 
何度か述べてきたように、世界的な気候変動があり食料が不足するようになりました。このため日本でも、大規模な農耕を必要とするようになりました。

熱帯気候あるいは亜熱帯気候の時代ならば、テキトーにコメをバラ撒いておけば発芽するし、しかも年に何度か収穫できました。最小限の労働で済んだのでしょう。ところが縄文晩期にかけて温帯気候となってしまったため、広い土地を開墾して田んぼを作り、川から水路を堀り、毎年耕して手間暇をかけ食料生産する必要が生じました。
集団を形成し、協力して作業せざるを得ません。そこから社会構造の複雑化が始まった、と考えられます。
 
しかしながら、これまたすでに述べたことですが、組織や社会の複雑化というのは決して好ましいものではないのです。
 
本来平等であるべき、リソースの配分が複雑化します。そのため様々な格差、不平等が生まれるわけです。そして不平等が「欲」の増大を生みます。
そう考えると、組織や社会の設計はなるべくシンプルであるべきなのです。
 
今日の日本社会は、とにかく複雑過ぎます。シンプルとは真逆の方向に変容を続けます。田中真紀子氏が外務大臣就任時、
「外務省は伏魔殿だ」
と発言し話題となりましたが、まさに日本社会全体を象徴する表現ではないでしょうか。欲を源泉とする様々な思惑が複雑に絡み合い、そこから無数の問題が発生しています。
 
日本社会は、改めて制度設計をやり直すべきだと幸田は考えます。社会全体を、そして各組織を、シンプルにデザインすべきでしょう。
そこに「格差」「欲」の入り込む余地をなるべく作らない。また「欲」を「モラル」で律する。
 
幸田の大学時代の恩師は、
「政治とは希少資源(リソース)の獲得、維持、増大、配分に関する意思的行為である」
とおっしゃっていました。
 
この定義を何度も眺めると、今日の日本社会はまさに、政治がダメだと解ります。リソースの獲得も維持も、増大も、配分も、全てが欲に基づき好き放題デタラメ状態です。
何故なら、社会の制度設計自体がデタラメだからです。太古より培われた日本の社会思想を放り投げ、近現代の西洋型社会思想をインチキのカラクリまで含めて丸呑みにし、戦後日本社会を構築しました。かつ、そこに「モラル」は存在しません。
 
早くそれに気付くべきだ、と幸田は思います。改めて日本古来の社会思想を学び、日本社会を再建すべきだと考えます。
 
学者が偽書とレッテルを貼る「古史古伝」は、実は単なる歴史書ではありません。驚くほどの「太古の叡智」に満ちています。
前章で解説したウガヤフキアエズ王朝の天皇は代々、日本のみならず世界中を巡り、あるいは人を遣わして、それらの叡智を伝えたと書かれています。
 
それに気付いた人々の涙ぐましい努力により、何度もボロボロの文献を筆写し直しつつ今日まで継承し続けてきました。非常に貴重な資産なのです。
 
私達日本人は今、改めてそれを学び、日本社会の再建を果たしたいものです。かつ、それを世界に示したいものです。日本の真の歴史、及びそれを教える古史古伝こそが、日本再建、そして世界を変える「処方箋」だと幸田は考えるのです。
 
 
その10へ続きます。