「能力社会こそ善」というウソ - 拙著「新・日本通鑑2」より



 
その4より続きます。
 
 
学者先生方は、
「江戸時代は徳川家が『保身のために』厳格な階級社会を構築した」
と曰(のたま)います。しかしこれは半分誤り、残り半分がインチキです。
 
徳川家康は自らが苦労した戦乱の時代、下克上時代を省み、争いのない平和な社会を構築しようとしたに過ぎません。

好戦的で世界征服さえイメージしていた織田信長や、私腹を肥やし贅沢三昧だった豊臣秀吉を、横目で眺めつつ反面教師としたのです。
また家康のみならず、当時の社会全体が、
「もう戦乱の世はごめんだ」
と平和を求めていました。
 
苦労人家康は、誰よりもそれを知っていた。そして安定性と持続性の担保された社会システムこそが大事だ、と認識するに至ったのでしょう。
そういう認識でもって江戸時代という社会をデザインをした時、日本古来の社会思想に則り、能力主義社会ではなく階級社会を選択したに過ぎません。
 
戦国時代を見て下さい。それから今日の社会を見て下さい。実は能力主義こそが、無用の「欲」を生み、多くの争いを生む原因となっているのです。
 
「己(おの)が能力、己が実力ひとつで、他人を蹴落としてでも上へ這い上がろう!!」
という「欲」を抱く。その為争いだらけとなる。戦国時代と今日の社会は、本質的にそっくりだと思いませんか!?
能力主義社会は、決して理想的な社会思想だとは言えないのです。ちなみにこれは、今日の「常識のウソ」の1つだと幸田は指摘しておきます。
 
江戸時代には、今日のようなインチキ能力主義(笑)は存在しません。
個々人の能力以上に「モラル」が重視されました。モラルこそが社会の基盤でした。
ヒエラルキーの上部は、代々しっかりモラル教育を受けた人々が世襲する。その一方で能力ある人材が、必要な時だけ士農工商の垣根を超えて登用された。それで充分、社会はうまく回っていたのです。
 
では何故、江戸時代は能力主義と正反対の、階級制度を選択したのでしょうか。日本的階級制度の長所とは何でしょうか。能力主義の、致命的とさえ言える短所は、何でしょうか。
 
それは、
「人口が増えようが減ろうが、常に産業バランスを維持出来る」
ということです。常に、
「武家何割、農家何割、漁師何割、職人何割」
と、産業人口比率をほぼ一定に保てるのです。
 
今日の日本社会は、インチキ平等思想に基づくインチキ能力主義を採用し、その結果として産業バランスがムチャクチャになっています。
これが、日本社会の持続性を危うくしています。人口が増えているうちはなんとかなるものの、人口減に転じれば早速、社会崩壊の危機に瀕します。
いや、現にそういう危機状況にあります。
 
社会において、人口とは本来、増えることもあり減ることもあります
人口が増え続ける状況だけを前提とした社会設計、減り始めると途端に持続性が失われる社会設計など、そもそもあってはならない筈なのです。
今日の社会思想、及びそれに基づく社会設計は、日本古来の社会思想に照らし合わせればデタラメもいいところです。
 
260年持続した江戸時代は、当然ながらそういった点がしっかりと満たされていました。
換言すれば、
だからこそ260年も持続し得た
といえるのです。決して徳川家保身の制度が奏効したから・・・・ではありません。
 
私達はそういったことを、つまり日本人が2千年以上にわたって培ってきた社会思想のエッセンスを、学ぶべきなのです。
 
 
その6へ続きます。
 

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