社会構造が複雑化すると何が起きるのか - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その6では、「食の調達コスト」という言葉を何度か使用しています。
食の調達コストとは、何でしょうか。調達コストが増大すると、どのようなことが起きるのでしょうか。
 
食料を充分に確保できないと、田んぼや畑を切り拓くなどして食料の増産を試みます。あるいはより遠方に赴き大量の魚を獲得したり、動植物を捕らえます。
つまりこれが「食の調達コストの増大」です。
労働時間が増え、体力を余計に費すわけです。結果「余暇に回す時間や体力が減少し、社会における精神面文化面の発展が阻害されます。
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自然に「食が不足しない状態」を保つのが望ましい - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その5より続きます。
 
 
話を縄文時代に戻します。縄文時代は何故、幸福で平和だったのでしょうか。
これは、繰り返しになりますが「衣食住の持続的確保」というのが、1つ目のポイントとなるでしょう。
 
今日の私達は、
食べ物はお金を出して買うもの
という常識に、完全に縛られています。
ですから、懐を痛めてお金を出し食べ物を購入することに、何の疑問も抱きません。またそのお金を得るため、必要以上の労働を余儀なくされることに全く疑問を抱きません。
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「能力社会こそ善」というウソ - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その4より続きます。
 
 
学者先生方は、
「江戸時代は徳川家が『保身のために』厳格な階級社会を構築した」
と曰(のたま)います。しかしこれは半分誤り、残り半分がインチキです。
 
徳川家康は自らが苦労した戦乱の時代、下克上時代を省み、争いのない平和な社会を構築しようとしたに過ぎません。
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「階級社会は悪」というウソ - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その3より続きます。
 
 
江戸時代についてもまた、私達はマルクス主義史観に基づく「虚構」を刷り込まれています。
江戸時代には、確かに「士農工商」という身分差がありました。しかしそこに、マルクス主義史観の言う「階級闘争」などほとんど存在しません。「士農工商」は、階級というより「区分」に過ぎないのです。
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「衣食住」が満たされないから「争い」が生じる - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その2より続きます。
 
 
争いが生じる、平和が侵される最初の要因とは、
「衣食住、とりわけ『食』が不足、欠乏すること」
です。
「衣食住」とは即ち「生存の条件」を意味します。生存の条件が充分満たされないと、人は本能的に危機感を抱きます。そして危機感から逃れるために「争い」が生じるわけです。
 
「衣食足って礼節を知る」
という言葉があります。衣食住即ち「生存の条件」が満たされているからこそ、「礼節」を識るに至る。礼節を識るからこそ、無用の「争い」が減る。実に、理にかなった格言だと思います。
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「平和である」ということ - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
その1より続きます。
 
 
「平和」とは、なかなか奥の深い言葉です。概念です。
 
戦後日本は憲法に「平和主義」を掲げています。そして確かにこの70年、戦力による争いを一切起こしていません。ですので、
「日本においては平和が保たれている」
と言われれば、その通りかもしれません。
 
しかしその一方で、争いを徹底して避けるがため、譲歩につぐ譲歩を重ねています。
また、終戦直前に奪われた北方領土や戦後に奪われた竹島を、未だに奪還出来ていません。争いを避けるべく「問題を棚上げ」とした尖閣問題は、ここにきて再燃しています。従軍慰安婦問題しかり、です。
 
政治力に乏しく、欧米や周辺諸国に平身低頭。その癖、国際的な発言権を確保しようと、途上国には援助という名目で大金をばら撒き支持を取りつける。・・・・
こうして大いに国益を損ねています。
そういった日本の現状を見る時、本当に「平和だ」と言えるのでしょうか。
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「和(やわ)す心」という社会思想 - 拙著「新・日本通鑑2」より


 
日本の歴史を眺めつつ感じるのは、
「太古の日本は極めて平和だ」
ということです。
 
他国の歴史書と大きく異なり、戦乱らしい戦乱の記述がありません
強いて挙げるとすれば、荒ぶる神スサノオが高天原で暴れまわった、とか、国譲りのエピソードにおいてタケミカヅチが、オオクニヌシの子タケミナカタと力比べを行い信州諏訪まで押し出した(笑)、といった程度です。
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今こそ「西郷どん」 ~「賊」だからこそわかる気がする~

2018年の大河ドラマは「西郷どん」。

我がまち延岡は、遠藤周作の小説「無鹿」などでも取り上げられているように、西南の役で薩軍が最後の組織的戦闘を行い、敗れた西郷隆盛が陸軍大将の軍服を焼き、軍を解散した所であり、延岡市北川町には「西郷隆盛宿陣跡資料館」があります。

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また宮崎県内各地にも西郷隆盛ゆかりの場所があります。

 

ちなみに、私の事務所のすぐ傍には政府軍のトップだった山縣有朋の指揮所跡もあります。

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大河ドラマをきっかけに、全国の多くの人に宮崎県、そして延岡市に来てほしいと思います。

地元としては、早急に誘客対策を実行していく必要があると思います。

 

 

そして、さらに、私は、単に観光として全国の人に来てもらうだけではなく、

西郷が命を捨てた西南の役とは一体どんな意味があったのか?

西郷は何を憂い、何に怒っていたのか?

なども考えるきっかけになればと願っています。

 

 

西南の役は我が国での最後の内戦です。

なぜ、明治維新の中心人物が、明治維新の結果誕生した新政府に対して反乱を起こしたのでしょうか?

これを考える上で参考になると思われるのが、長州の白石正一郎という人のエピソードです。

白石正一郎は下関の豪商で、高杉晋作の改革に全面的に協力し、そのために事業は破産し、破産後は赤間神宮の宮司になったそうですが、維新後の政府について「こんなはずではなかった。もし高杉さんが生きていたらこんな政府にはならなかったはずだ。」と憂いていたと、司馬遼太郎がその著書で紹介しています。

明治維新で中心的な役割を果たした人たちが「こんなはずではなかった。」と考えたとは・・・一体どういうことなのでしょうか?

 

 

単に主流になれなかった人達のねたみ・ひがみ・不満と片づけるのは早計だと私は思います。

 

 

西郷隆盛というと、ともすれば、無謀な征韓論を唱えた時代遅れの人とか、不平士族の情に流された人、などといったイメージで語られることもあります。

しかし、私は、西郷隆盛は、いわば「徳治主義」の政治を目指し、大久保利通などの「官治主義」の行く末を憂い、本来のあるべき政治を取り戻そうとしていた人なのではないかと思っています。

西郷隆盛は二宮尊徳の地域再生の行政にも深い関心を持っていたそうです。

戊辰戦争の後、西郷は我が国に二宮尊徳のような政治・行政を広めようとしていたのではないかと私は思います。

 

 

二宮尊徳の言葉で、例えば次のような言葉を考えると、西郷の目指していた政治がどのようなものか、わかるような気がします。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」

「奪うに益なく、譲るに益あり。」

 

 

明治維新が成就した後、「官軍」の側の人間の中には、贅沢な暮らしをし、権限を濫用し、汚職にまみれていた者がたくさんいたことが当時のいろいろな事件からうかがえます。

「多くの志士はこんな世の中をつくるために命を捨てたのではない。」西郷の怒りや絶望は私にもわかる気がします。

西郷は、若い頃、薩摩藩の吏員として上司の賄賂等を憎み抗議行動を起こしたこともあるのです。

 

また、重大な決断を何度も行ってきた西郷は、きっと幕末のことを振り返っては、「自分の決断の結果、多くの人命が失われたが、それは国づくりの大義のためにはやむを得なかった。」と自らに言い聞かせてはいたものの、明治になってからの政治の卑しさ、大切なことをないがしろにした上っ面だけの政治に強い怒りを抱いたものと思います。

 

さらに、近代化の名の下に、日本の過去のすべてを否定し、西洋のものまねを良しとする風潮。

その風潮に乗っかった政治・行政。

江戸時代の各藩の自立性・いわば地方自治も明治の中央集権主義により失われていきました。

 

また、武士道や薩摩の郷中教育で育まれてきた「弱い者いじめはいけない」「うそをついてはいけない」などの考え方をなおざりにする風潮。

人としての徳を高めるよりも、西洋の技術を真似し取り入れるための勉強こそが学問であるかのような風潮。

 

当時のこれらの風潮に西郷は強い危機感を持っていたはずです。

だからこそ、西郷は、ふるさとに戻って、次世代の学びの場「私学校」での人づくりに力を入れようとしたのだと思います。

 

先の参議院選挙で「賊」だった私には、西郷が何を考えていたのか、少しだけわかるような気がしています。

 

皆さんが「こんな考えもあるのかな?」と思いながら宮崎県内の西郷ゆかりの地を周遊していただければうれしく思います。

 

効果的な起業促進策とは?

起業の多い・少ないを表す「開業率」という数字があります。

2014年の中小企業白書では、開業率の47都道府県の比較が出ていますが、どこの県が高いと思いますか?

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なんと、1位は沖縄県、2位は宮崎県です。

3位以降には、首都圏や関西圏、中部圏の都道府県が並びます。

起業を盛んにすることがこれからの経済再生には不可欠だと思いますが、我がふるさと宮崎県、また我が家の出身地・沖縄県は「起業先進県」として全国をリードしていると言って良いと思います。

私が公務員を辞めて起業したのも、ひょっとしたら「育ち」と「血」のなせる業かも知れません。

 

 

それはともかく、少し前(本年4月)の沖縄銀行調査月報の紙上で、私はいくつか起業促進策を提案しました。

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私は沖縄銀行のおきぎん経済研究所のアドバイザーとして提言するという執筆依頼に基づいて本稿を書きましたので、タイトルは沖縄経済に関するものになっていますが、全国各地に関係する内容だと思っています。

 

 

フランスやドイツの助成制度も紹介し提案していますが、私は特に「兼業」の推進がポイントだと考えています。

これは自分の経験にも基づいています。

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そして、地方自治体の促進策の一つとして、例えば起業真っ最中の人の中で、今後のお手本になってくれそうな人に、月額数万円程度で委託をして、自分の起業体験を赤裸々にレポートしてもらう(例えば金融機関との交渉の成功点・失敗点とか、顧客開拓の苦労、だまされた話、など)ことで、その人1人分の食費程度の経費をカバーしつつ、今後の「後輩起業家」の貴重な参考情報を提供してもらうという「現在&未来の起業家支援事業」というアイディアも披露しています。

 

 

「選択と集中」「コア・コンピタンス」といった、バブル崩壊後のビジネスモデルとやらで盛んに言われていた「強みに特化する」という発想はもう古いのではないか?

デフレ下の地方では、高付加価値商品を提供しようにも顧客が少ないので、高付加価値・高生産性のみを追求するのではなく、むしろ「あれもこれも」とシナジー効果のある複数の分野の取組みを並行して行い、一つ一つの利幅は小さくてもトータルで収益を上げていくという発想がむしろ必要ではないか?

一人ひとりの生きがい・やりがいのためにも「選択と集中」にこだわらない生き方がこれからは大事ではないか?

私はこう考えています。

 

 

 

歴史に学べば解かる、「少子化は大問題」というウソ

昨今、右を向いても左を向いても、
「少子化は良くない」「少子化は大問題だ」
という意見ばかり耳にします。
 
本当でしょうか。
日本人全員、集団催眠にでもかかっているのではないでしょうか?(苦笑)
 
個人の、そして社会の究極の目標が、
「豊かに幸せに生きる」
ということであると仮定すると、実は人口増加にメリットはありません。
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